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大阪家庭裁判所 昭和39年(少イ)39号 判決 1966年1月18日

被告人 金暢淑

上六観光トルコ温泉株式会社

代表取締役 金尚淑

主文

被告人金暢淑を懲役二月に、

被告人上六観光トルコ温泉株式会社を罰金一五、〇〇〇円に、

各処する。

但し、被告人金暢淑に対し、本裁判確定の日より二年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人上六観光卜ルコ温泉株式会社は本店事務所を大阪市天王寺区上本町七丁目六七番地に置き、トルコ温泉の経営、飲食物の販売等の事業を営むものであるところ、

被告人金暢淑は右被告会社の業務部長として、従業員の採用監督等右事業の運営に従事していたものであるが、右会社の業務に関し、法定の除外事由がないのに適切な年齢確認の方法を尽さず漫然と一八歳に満たない児童である○条こと○西八○子(昭和二二年四月五日生)を昭和三八年五月中旬より同三九年一〇月二〇日頃までの間、同児童○実こと○平○子(昭和二一年二月六日生)を同三八年八月一八日頃より同三九年二月五日までの間、同児童○桜こと○田美○子(昭和二一年一一月一二日生)を同三九年九月一九日より同年一〇月二〇日までの間、同児童○美こと○原○美(昭和二三年九月一四日生)を同三九年一〇月六日頃より同月一四日までの間、それぞれ、いわゆる卜ルコ娘として雇入れ、午後一時ないし同五時頃より翌日午前一時頃までの間同児童等を右本店営業所内に待機させた上、客の指名又は輪番によって入浴客に個々につかせ、外部から見えない個室内で、ブラジャーとショートパンツのみを着用させて入浴客の裸体を洗い、マッサージする等の行為をさせ、もってそれぞれ児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもって児童をその支配下に置くと共に同女児等を午後十時から翌日午前一時頃までの間において右業務につかせて使用し、

被告人会社代表者金尚淑は右両違反行為を防止するため相当の注意及び監督を尽すなど必要な措置をしなかったものである。

(証拠の標目)(編略)

(法令の適用)

被告人金暢淑に対し

児童福祉法第三四条第一項第九号、第六〇条第二項、労働基準法第六二条第一項、第一一九条第一項、刑法第五四条第一項前段、第一〇条(最も重い前者の各罪の刑をもって処断、懲役刑選択)

右は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条第一〇条(犯情重いと認める被害児童○西八○子に対する罪の刑に併合加重)、同法第二五条第一項第一号

被告人上六観光卜ルコ温泉株式会社に対し

児童福祉法第六〇条第四項、第三四条第一項第九号、第六〇条第二項、労働基準法第一二一条第一項、第六二条第一項、第一一九条第一項、刑法第五四条第一項前段、第一〇条(最も重い前者の各罪の刑をもって処断)

右は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四八条第二項

(被告人等及び同弁護人等に対する判断)

被告人等及び同弁護人等は被告人等に対する本件公訴事実に対し公訴棄却又は無罪の判決を求め、その理由の趣意は本件記録編綴の弁論要旨と題する書面に記載されているとおりであるから、これをここに引用し、これに対し次のとおり判断する。

第一、本件の労働基準法違反の点につき、本件起訴のごとき記載では訴因が不特定であるから本件公訴を棄却すべきであるとの主張に関する判断、労働基準法第六二条に基く深夜業の本件違反行為は判示各被害児童別に包括して一罪が成立するものとしていることは検察官の釈明で明らかになったところである。そして、右各違反行為は多数日にわたりなされたものであるが、これは同種の各違反行為が同一の場所で同様の機会を利用してなされたものであるから同一の犯意の発現たる一連の動作であると認められる事情の下になされたものとみるのを相当とするので本件公訴の訴因は刑事訴訟法第二五六条第三項に則り適法に特定され、被告人及び同弁護人の防禦権行使になんら支障を来たすものでないのみならず、被告人等にとって有利であり、また、年少あるいは女子労働者の福祉の保障を損うものでもないと考える。

第二、本件労働基準法違反の点の主張に関する判断

一、被告会社は判示被害児童(以下トルコ娘ともいう)等を使用しているのでなく、同社経営のトルコ温泉の施設を使用料をとって利用させているのであるから両者の間には使用従属の関係なく、従って、賃金を支払っているのでもない。よって、トルコ娘は労働者でないので本件公訴事実に対しては労働基準法の適用がないものと主張している。

(イ) 使用従属の関係

被告会社が卜ルコ娘に対し、同娘からの履歴書及び入店申込書の提出、入店の場合同娘の店名の指定、就業前の講習、公休日の割当、過怠金の徴収、点呼、訓示及会社社則の制定等の各措置を講じていたことは前掲証拠によって明らかであるのみならず被告人等も大旨これを認めるところである。

被告人及び同弁護人等は、これについて、経営者として施設を十分に利用して、客に満足を与える必要な統制上の措置に過ぎないというのであるが、むろん、経営者として、利益追求のため、そのような統制的措置が必要である場合の存することは容認すべきであろうが被告会社が判示各被害児童を同会社経営にかかる女子寮大松莊に比較的低額の部屋代を徴収して、それぞれ住込ませていることは前示証拠により認められるが、このような状態下にある卜ルコ娘に対し前記統制的措置を採ることは、同各措置において施設利用に関する秩序維持に当然必要であろうと認められるものの外に併せて、同娘の指導監督につき可なり強力な措置も包含していると認められるのであるから、同娘等が前記女子寮に居住して生活している以上、同娘等に対し、右会社の指導監督に従って会社の命ずる労務に服する義務を科する意図を持つものであり、同娘等もまたこれを当然のこととして受け入れているものとみるのが事理に適うものと考えるので、被告会社と本件卜ルコ娘四名との間には使用従属の関係にあるものと認めるを相当とし、同トルコ娘等において、同人等の収益に比し会社経営上不均衡であると思われる小額の施設使用料を支払っている一事をもってしては右の認定を覆す資料として不充分であると考える。

(ロ) 賃金支払の関係

被告人等の主張するように、被告会社は本件卜ルコ娘等に固定給を支給せず、また、卜ルコ娘等が入浴客から支払われるサービス料の授受にも関与していないことが認められる。従って、同会社はトルコ娘等に対し一応賃金を支給しない形態を採っているかのようであるが、元来、このサービス料はトルコ娘等が被告会社経営にかかる営業設備を使用して入浴客の裸体を洗いマッサージをする等の労働の対償として右客より支払われるものであり、また、右客はこのような卜ルコ娘のサービスが期待できるので高額な入浴料金を支払うものであるから、被告会社はトルコ娘等の労働によるこのような利益をうる対償として同娘等が右サービス料をうるため、同社の営業設備を使用する利益を同娘等に与えているものと認めるを相当とする。そして、トルコ娘等は右サービス料のみによって生活していること前示証拠により明らかであるから、被告会社としては同社入口の受付窓口の料金掲示場又は各浴室内に「上記料金以外にサービス料として四〇〇円お渡し願います」旨掲示して、同娘等の収入確保を図っているものとみるべきである。さすれば、労働基準法第一一条所定の賃金は労働の対償として支払われる関係にある以上名称の如何を問わないのであるから、被告会社は本件トルコ娘等に対し施設使用の利益を与えることにより労働の対償として賃金を支払う関係にあるものといわなければならない。

以上の理由により、卜ルコ娘は労働基準法上の労働者であると解されるので本件公訴事実に対し同法の適用があるものと認める。

二、本件の適用事業は労働基準法第八条第一四号に該当するものでなく、同条第一三号に該当するものであると主張しているが、証人斎藤保吉の証言等によれば従来トルコ温泉は公衆浴場法に基き浴場及びマッサージを行うものとして許可されていたのであるが、その後卜ルコ温泉の業態から同条第一四号適用事業とみるべき実態を備えているものもあるので解釈の統一を図るため本省に照会したところ労働省労働基準局長から昭和四〇年一月二三日付三九基収第八九三三号の二をもって被告人の弁護人作成にかかる弁論要旨と題する書面記載(三の第三)のような回答があり、大阪労働基準局長の照会文に掲げた具体的態様は上六観光卜ルコ温泉以外のトルコ温泉についてであり、その態様は右書面の右該当部分記載のとおりのものであることが認められる。従って、トルコ温泉に対する労働基準法第八条各号の適用に当っては当該事業場の労働の具体的態様等に即して個別的に判断すべきものであるとせられているところ、前掲証拠を綜合すれば、被告会社経営にかかる上六観光卜ルコ温泉の労働の態様等は前記照会の対象となったトルコ温泉のそれとはやや小規模のものであることが認められるが、右上六観光トルコ温泉は八〇名前後の卜ルコ娘を持ち、ソシヤル卜ルコ部屋三四室、グランドトルコ部屋二一室及びデラックス卜ルコ部屋一三室計六八室の外部から内部の見えない個室を有し、卜ルコ娘において同個室内でブラジャーとショー卜パンツのみで浴客の洗身、洗髪、爪切り、ひげそり、マッサージ等の作業に就くの外に、同営業設備二階にサロンを設け、前記会社定款中事業の目的として記載されているように、ビール等の飲食物の販売をしていることが認められるのであるから、上六観光卜ルコ温泉の労働の具体的態様等は前記照会の対象となった事業場のそれとほぼ類似の状況にあるものと判断されるので、同事業場と同様に、同条第一四号の事業に該当するものと認めるべきである。よって同法六二条第四項によって同条第一項に基く一八歳未満の者に対する深夜業禁止規定の適用を免れることはできない。

第三、本件児童福祉法違反の点の主張に関する判断

被告人及び同弁護人等は被告会社の経営する事業の態様等からしても本件被害児童等の心身に有害な影響を与えるものでなく、又これらの児童に会社施設を利用させているに過ぎないので同人等を自己の支配下に置くものでもないから児童福祉法違反の犯罪は成立しないものと主張している。

一、児童の心身に有害な影響を与える行為の関係

この点に関しては検察官の意見(検察官作成の論告要旨と題する書面中第一の(二)記載)と同様に解するを相当であると考えるので、これを引用する。よって、本件被害児童等の行為は児童福祉法第三四条第一項第九号所定の「児童の心身に有害な影響を与える行為」に該当するものと認める。

二、自己の支配下に置く行為の関係

前示認定のように、被告会社と本件被害児童との間には使用従属の関係にあるのであるから、この見解を維持する以上被告会社に同児童等を自己の支配下に置く行為のあることは更に論及するを要しないところである。以上の理由により本件公訴事実については一方児童福祉法の犯罪が成立するものと考えられ、児童を使用する者と認定される被告人等が前記児童の年齢確認について全く何らの適切な方法を尽していないこと前記各証拠に徴し明らかであるので、被告人等は、児童福祉法第六〇条第三項に基き右犯罪に対する刑責を免れることはできない。

第四、本件の事実関係の主張に関する判断

本件の行為者は金暢淑でなくて植田勝治及び船越要太郎であると主張しているが、被告人金暢淑は第二回公判廷において同人作成の訴因に対する認否の書面に基き、被告人は卜ルコ温泉、飲食物の提供等の事業を経営する上六観光トルコ温泉会社の業務部長という名称で同会社職員の採用、監督等の業務に従事していたことを認めておるが、本件卜ルコ娘四名の従業員の関係については関知しないよう陳述している。しかし、前掲各証拠に徴すれば同被告人は同会社の代表取締役である兄金尚淑により同会社の運営業務を委ねられ、右植田等をして従業員の採用、指導、監督の業務を分担させていたようであるが常に同業務についても責任者の立場で行動していたことが認められるのであるから会社の業務に関し右被告人を行為者とみるべきものと考えられるので右主張を容れることはできない。

第五、被告会社の代表者金尚淑は本件各違反行為については、その防止に必要な措置を講じていたのであるから被告会社に対する犯罪は阻却される旨主張しているが、被告会社が違反行為に対する刑責を免れるためには、労働基準法違反行為につき、会社代表者が違反の防止に必要な措置をした場合(同法第一二一条第一項)、児童福祉法違反行為につき、会社代表者が当該違反行為を防止するため当該業務に対し相当の注意及び監督が尽された場合に限る(児童福祉法第六〇条第四項)旨各規定されている。ところで、右両罰規定の免責要件となるべき被告会社の違反防止のための必要措置ないし注意、監督の義務の遂行については、会社の業務上当然なすべき一般的ないし抽象的のもののみでは不充分であって、違反行為の防止のために具体的の注意を与え、個別的な監督等必要な措置がなされることが要請されるものと解すべきものであるところ、前掲各証拠を綜合して考察するに前記金尚淑は他に多数の企業を経営して多忙である関係で被告会社の運営は被告人金暢淑等に委ね、同人等に対し、従業員の風紀上等の問題について一般的な指示を与えていたことは認められるが、違反防止につき具体的な注意、監督義務を尽していた証拠を発見することができないので前記免責要件を充足したものと認められない。よって被告会社は違反行為に対する処罰を免れることはできない。

以上の各判断により被告人等及び同弁護人等の前叙各主張は何れもこれを採用することができない。

なお、本件の如き、少年の福祉を害する成人の刑事事件の追及については、少年の非行化防止対策の一班につながるものであって、今日、少年非行の問題が重大な社会問題として世人の関心を高め、これが打開を企図すべく総力を結集して、目的達成に邁進すべきことが要請されているのであるから、不用意とはいえ、この種犯罪の存在する限り、捜査方針に若干過酷なものがあったとしても、被告人等においてこれを甘受すべきであると考えられるが、他面、被告会社の幹部職員は、営業政策上の必要性によるものとしても、トルコ娘の風紀上の問題等については細心の注意を払い、この面での指導監督が良心的であったことが認められる。ただ、女子従業員獲得に腐心するの余り不注意にも一八歳未満の児童を採用したのであって、その点法に触れ刑責を負担すべきではあるが、意識的に同児童の福祉を害することを顧みることなくして利益の追求のみを逞しくしていたものとも考えられないので量刑上考慮すべき事情の存することが認められる。

(裁判官 円井正夫)

編注 検察官の意見(論告要旨第一の(二))

(二)本件トルコ娘の行為は、児童福祉法第三四条第一項第九号「児童の心身に有害な影響を与える行為」に該当する。「児童の心身に有害な影響を与える行為」とは、「客観的に有害な影響があることがはっきりしている行為をいい、支配している者がそういうことを意識しているや否やを問わない。」と説かれている(高田浩運著、児童福祉法の解説参照)。

そこで、本件のトルコ娘の所為を見るに、個々に男の入浴客につかせ、外部から見えない個室内で、ブラジャーとショートパンツのみを着用して全裸の男客と接して、その裸体を洗い、それをマッサージする等の行為に及ぶものであるがかく見れば、殆ど全裸に近いトルコ娘と全裸の男客とが夜間、相当長時間個室内で、一対一の状態で、相対し、トルコ娘が男客の肉体の各部分に触れるものであって、かかる行為が、未だ心神の発育不完全な児童の精神面、情操面を極度に傷つけ、身体的にも害悪を及ぼすものであって、これが客観的に見て、児童の心身の健全な発達を著しく阻害することは何人といえども異論の余地はないであろう。

されば、証人○平○子も当公廷において「風紀上望ましくないと思う」旨供述し、又他の本件トルコ娘も警察官に対し同趣旨の供述をなしているところである。

(編注) 控訴審判決(大阪高裁 昭四一(う)二四六号 昭四一・九・二九第六刑事部判決控訴棄却)

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